男なんていらないし

内容紹介

1週間前は別の男と住んでいたエリカ。今週はケンゴと名乗る男の家に住む事になる。
ケンゴの家に着くとシオリと呼ばれる家出少女が待っていた。シオリはケンゴの彼女だと言いはる。ケンゴはその場を取り繕うため、エリカのことを妹と紹介した。
エリカとシオリとケンゴは共同生活を始める。
ある日シオリがケンゴの家から飛び出して行く。それは、エリカにとっては衝撃的な出来事だった。
不思議な3人の共同生活とそれぞれの性。
狭空間で繰り広げられる男と女、女と女……そして女達は何処へ向かうのか……3人の関係性はどうなる?
舟崎 泉美 の描き出す日常であり、日常でない世界。


著者:舟崎泉美

1984年生まれ。
富山県出身、東京都在住。
小説家、コラムニスト、ライター。
明治牛乳企業冊子のびやか通信にて 小説「夢見草の咲くころに」連載中。
フリーペーパー「ほぼ月刊ロジザード」コラム掲載中。
書籍「廃村と過疎の風景(6)~集落の記憶~」にて長野県伊那市「廃村に暮らす」記事掲載中。
公式ホームページ『いっちゃんの栞
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女同士の、恋に似た、至極せつないシンパシー

「笑っちゃう。」
これは、この小説に何度も用いられる、主人公のエリカがひっそりとひとりごちる、印象的なモノローグだ。

ケンって呼んで、と臆面もなくのたまう男、ケンゴ。ケンゴにとって、セックスの対象として魅力的に映ったのであろうエリカは、かりそめの宿を求めて、その日に会ったばかりのケンゴの家に転がり込む。すると、ケンゴは、自宅に住まわせている家出少女のシオリに、エリカは妹だと紹介する。

女の勘はアイスピックよりも鋭い。
ケンゴに「妹」としてシオリに紹介されたエリカは、前もって聞かされていなかったシオリの存在に戸惑いながら、ケンゴの嘘に無理があることがわかっていながら、話を合わせる。もちろん、シオリのほうもエリカが妹だなんてはなから信じていない。

ケンゴは我ながら名案だと思ってその嘘をついたのか、はたまた、エリカもシオリも、飯を食い排泄するダッチワイフだと考えて、脳味噌を一ミリも動かさないで無理のある嘘をついたのかわからないが、どちらにせよこの小説でいうところの「笑っちゃう。」ような男であることは間違いない。


「笑っちゃう。」

ケンゴがこの面倒な事態を取り繕うとするとき、セックスの最中に快楽に溺れただけの戯言をぬかすとき、エリカは「笑っちゃう。」のである。

いくら男がクールにふるまっていようとも、セックスという、穴に棒を出し入れするくだらない行為を目的として右往左往する男を見て「笑っちゃう。」女性は多いと思う。馬鹿みたい、この一言に尽きる。

しかし、それをわかっていながらも、目の前の男の必死さを見下すと同時に、つい胸を打たれてしまうこともある。それが母性なのだろうか。だとしたら母性は相当くだらないところでも力を発揮するのだろう。

そんなときには、そんな自分にも「笑っちゃう。」のである。女性なら、一度はエリカのいうところの「笑っちゃう。」気持ちを経験したことがあるのではないだろうか。

かくしてケンゴとケンゴの妹(だとは誰も信じていない)のエリカとシオリの同居生活が始まった。しかし、こんなトライアングルがうまくいくはずないのは火を見るよりも明らかである。

シオリはたびたび家を飛び出し、そのことにケンゴは一向に意に介さない。しかし、エリカは違う。エリカは、ゴタゴタが起こっても関わらないようにしよう、と決心したものの、シオリのことを常に気にしてしまう。気がつけば、エリカはいつもシオリを気にかけている。

そしてシオリが久々に帰宅したとき、シオリはエリカに、今までとは違う柔らかな態度で話し始める。

「あのね、ケンちゃんの家を出てね。ネットで知り合った男の家に行ったんだ。それは、あんただって一緒だから責めないでよね。でね、最初は良かった。一週間ぐらいは。セックスだけしてればよかったから。でも、段々、怒鳴られるようになって、それで、段々、シオリが言う事きかないと殴られたり、ちょっとでも反論すると蹴られたり、マジ笑える。そう思ったら急にあんたのこと思い出した。自分とおんなじ気がしたから」

シオリの素直な言葉に、エリカは思わずシオリを抱きしめる。そして、二人で暮らそう、と提案する。二人の間からケンゴの存在は省かれ、二人には「友情のようなもの」が芽生える。


女同士の友情?

しかし、女同士の友情は難しい。エリカとシオリのように、繊細で真面目な二人ならなおのことだ。セックスというツールが使えないぶん、深くわかり合いたい、関わりたいと思うのなら、精神性を尊ぶしかない。そして、それはとても歯がゆい。

エリカもシオリも男に居場所を求めてセックスを重ねてきたのなら、女同士の友情を育むことの難しさに途方に暮れる日も遠くはないのではないだろうか。

セックスは、親密になるために非常に便利な手段だ。同時に、親密にならず浅いところで手を打つこともできる、奇妙なツールだ。エリカもシオリも、きっと後者に男を使ってきた。

そして、エリカはシオリにある行為をする。早くも女同士の友情にじれったくなったエリカらしい行動だ。

それは唐突に思えるが、なるほどしっくりくる行為に思えてならない。私は、セックスは奇妙なツールだと書いた。親密にもなりえるし、たった二時間のアトラクションにもなりえると。

シオリがしたエリカへの行為を、どうとらえるかは大きく二つに別れると思う。
しかし、私は思う。衝動に突き動かされた行動は、果たしてたったひとつの感情であったのだと割り切れるものだろうか。

好きだから、嫌いだから、なんとなく、寂しくて、魔が差して。

そんな、さまざまな色を持つ感情の溶けあった、マーブル模様こそが、人間の感情ではないだろうか。はっきりと線引きできるものでもないし、ひとつに選べるものでもない。だからこそ、ひとつの行動が、その人とのいろんな可能性を孕んでいる。

エリカとシオリの乗った電車は、まだ走り出したばかりだ。そして、レールはない。ひとつひとつ、道に迷いながら、ときに傷つけ合いながら、模索していくしかない。

エリカとシオリの生活はきっと、じれったくてせつなくて、でもとても素敵なものなものになるのだと思う。


本作品のレビュワー

はじめまして、尾崎愛(おざきあい)と申します。
僭越ながら、簡単な自己紹介をさせていただきます。
東京の田舎生まれ東京の田舎育ちの25歳の天秤座です。
好きな食べ物は月餅(ヤマザキ派)です。昔は大好きだった生クリームは、食べると胃もたれを起こすようになりました。悲しいです。なので今はあんこLOVEです。
小学生のころより小説を書き始め、中学生のころには短歌創作も始めました。
短歌のほうは、さまざまなご縁があり、読売新聞の「読売歌壇」にて、俵万智先生に何度か採用していただいたり、「みんなでSTOP STD!『好きな人に贈る百人一首』短歌コンテスト」に入選したりしました。人生唯一の自慢です(笑)
小説のほうは鳴かず飛ばずですが、近い将来に皆様に読んでいただける日を目指して頑張ります。
Twitter:@ozakiai1015


登録情報

男なんていらないし男なんていらないし [Kindle版]
著者:舟崎 泉美
出版:豊作パブリッシング
(2013-02-25)